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東京地方裁判所 平成5年(ワ)4324号 判決

主文

一  被告は原告に対し、金九二三一万二一八〇円及びこれに対する平成三年七月二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の主位的請求及びその余の第一次、第二次予備的請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その三を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決第一項は仮に執行することができる。

理由

第一  請求

(主位的請求)

被告は、原告に対し、金一億三一八七万四五四三円及びこれに対する平成三年七月二日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

(第一次、第二次予備的請求)

被告は、原告に対し、金一億三一八七万四五四三円及びこれに対する平成三年七月二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が、主位的請求として、被告に有価証券の購入を委託して預託したという金員から返還済みの金員を控除した残額一億三一八七万四五四三円の返還を請求し、第一次予備的請求として、原告は、被告に入金されるものと信じて右金員を被告新宿駅西口支店(以下「被告支店」という。)投資相談課長羽生田登(以下「羽生田」という。)に預託したところ、羽生田は右金員を被告に入金せず、有価証券を購入しないで、原告に返還済みの金員を控除した残額相当の損害を被らせたと主張して、民法七一五条に基づき、羽生田の使用者である被告に対し右金員相当の損害賠償を請求し、第二次予備的請求として、被告は、本件と同様の架空取引の手口で犯行を繰り返していた羽生田を雇用し続け、被告支店の営業部門の責任者に任じ、その結果原告が前記金員を騙取されるという損害を被ったと主張して、被告に対し、債務不履行責任ないし民法七〇九条に基づき前記金員相当の損害賠償を求める事案である。

一  基礎事実(当事者間に争いがない事実の他は、括弧内掲記の証拠により認定した。)

1  被告は、有価証券の売買の取次等を業とする証券会社であり、羽生田は、平成元年六月ころから同三年七月ころまで被告支店の投資相談課長であった。

2  原告代表者は昭和六三年八月に、原告は同年九月に、いずれも被告支店に取引口座を開設し、以後同口座で株式、転換社債、ワラント等の売買取引を行っていた。

3  羽生田は、原告に対し、株式の売却代金あるいは売却代金と購入代金の差額と称して次の金員合計一億八六三九万八一五一円を送金した(以下「本件返還金」という。羽生田が右金員を送金したことは当事者間に争いがなく、その余の事実については、《証拠略》)。

平成・年・月・日 金額(円)

(1) 二・九・一二 二三万五三三一

(2) 二・九・二八 二〇一二万六〇一四

(3) 二・一〇・二三 六〇九万一二二五

(4) 二・一〇・二九 二四七三万七八一九

(5) 二・一一・九 七〇〇万

(6) 二・一二・二一 一七〇一万八一〇五

(7) 二・一二・二六 一三七〇万九三三五

(8) 二・一二・二七 四〇〇万

(9) 二・一二・二七 七一三万三三五四

(10) 二・一二・二八 四四九万四九八三

(11) 三・一・二九 八〇二万一四〇三

(12) 三・二・二七 八二七万九二五七

(13) 三・三・二九 六〇〇万

(14) 三・三・二九 七〇〇万

(15) 三・四・一二 二六二万九二〇四

(16) 三・四・一九 四一〇万三八九一

(17) 三・四・二五 一一八二万九七一〇

(18) 三・五・一三 一八二五万九五一八

(19) 三・五・三一 八五〇万

(20) 三・六・二七 五二二万九〇〇二

(21) 三・六・二五 二〇〇万

二  争点

1  原告は、羽生田に対し、次の金員合計三億一八二七万二六九四円(以下「本件金員」という。)を各有価証券の購入のためという名目で預託したか。

平成・年・月・日 購入の目的物 金額(円)

(1) 二・三・一二 ヤマザキ株式一万株 二〇六〇万

(2) 二・四・五 平和株式二〇〇〇株 三九四五万一六二九

(3) 二・四・二四 平和株式二〇〇〇株 五一三一万一五七五

(4) 二・六・一九 加藤産業の株式 四一八万

(5) 二・八・九 ケンタッキーフライドチキン株式三〇〇〇株 二五四一万三〇九〇

(6) 二・九・二一 OLW二三〇ワラント 二〇〇〇万

(7) 二・一〇・三 三井造船ワラント 四〇〇〇万

(8) 二・一〇・一八 任天堂株式一〇〇〇株及びバンダイワラント五〇ワラントの一部 二二〇〇万

(9) 二・一一・七 日栄株式一〇〇〇株 七一八万

(10) 二・一一・一六 新日本空調株式一〇〇〇株及び両毛システムズ一〇〇〇株の一部 六〇〇万

(11) 三・二・二〇 株式 一一八六万六四〇〇

(12) 三・四・三〇 佐藤食品株式一万株他の株式 五四八〇万

(13) 三・六・五 泉州電業株式二〇〇〇株の一部 三九二万

(14) 三・六・一四 泉州電業株式一〇〇〇株 三四九万

(15) 三・七・一 右(13)の残金 三〇六万

2  本件金員は、被告において前記有価証券の購入の委託を受けて預託を受けたものであるか。それとも、羽生田が被告において右有価証券の購入の委託を受けたと称して送金等させて詐取したものであるか。

(原告の主張)

本件金員は、羽生田が、被告外務員榎本隆(以下「榎本」という。)の無断取引で原告が被った三〇〇〇万円余りの損害を、新規公開株を枠を超えて回す等特別の便宜を図って埋め合わせをする等と言って、預託させたものであり、原告は、羽生田から、新規公開株の申込みには上限株数の制限があるので、他人名義を使って取得してあげる等の説明を受け、被告の裏勘定で処理されているものと考えて、羽生田に各金員を預託していたものである。原告は、羽生田が投資相談課長という被告支店内で重い地位にあり、支店長にも相談しているなどと説明していたことから、原告の損害を穴埋めするために同支店ぐるみで内々に特別の便宜を図ってくれているものと信じていたのである。なお、原告は本件の取引につき、羽生田を通じて、取引報告書、預り証、計算書を渡されていた。また、原告が、新規公開株の入札申込上限株数の制限があることは知っていたが、その内容を熟知していたということはない。

仮に本件金員が被告において前記有価証券の購入の委託を受けて預託を受けたものでないとすれば、羽生田は被告において右有価証券の購入の委託を受けたと称して本件金員を詐取したものである。

(被告の主張)

被告は、原告から金銭または有価証券を受領したときは、必ず、被告所定の様式、用紙による「預り証」または「受領証」を交付することとしているし、原告の売買の委託の執行により金銭または有価証券を預かり保管することとなったときは、必ず、被告所定の様式、用紙による「預り証」または「計算書(取引の明細)」を交付していた。また、被告は、原告の委託により行われた全ての売買取引について、その約定成立日の翌日に被告所定の様式、用紙による取引報告書を発送し、各売買取引についての原告と被告との間の精算は右取引報告書に記載された精算金額について同書に記載された精算日に行われた。ところが、原告主張の取引については、取引報告書も送付されず、所定の預り証、受領書、計算書(取引の明細)も全く交付されていない。さらに、原告は平成元年一二月一三日に、原告代表者は同年七月二八日に、被告と月次報告書方式採用の覚書を取り交わし、これに基づき、被告は、月一回以上取引報告書と別に月次報告書を送付したが、これには預かり金銭及び有価証券等の残高(建玉明細を含む。)並びに取引明細(金銭及び有価証券の受入れ、引出しを含む。)が記載されるのであるが、原告及び原告代表者に対する月次報告書に原告が主張する売買取引も金銭の授受も全く記載されていないのに、原告及び原告代表者は、何の異議も述べず、被告に問い合わせをしていない。このように、原告が被告に委託した売買取引はすべて顧客口座元帳に記入され、取引報告書、月次報告書によって報告されるのであるから、支店が裏勘定で処理することなど不可能である。

また、一般の投資家が公開日前に新規公開株を取得し得る方法は、日本証券業協会または証券取引所による一般競争入札か幹事証券会社の公募の割当によるしかなく、また、右入札については、一名義人につき一〇〇〇株(額面五〇円換算)の申込上限株数が定められており、これらのことは、有価証券取引につき豊富な知識と経験を持つ原告代表者が熟知していたところである。しかるに、原告主張の取引のうち、ヤマザキ株、佐藤食品株、日本ケンタッキーフライドチキン株、泉州電業株はいずれも新規公開株でありながら、右一〇〇〇株を超えているが、このようなことが証券会社である被告に対する委託としてあり得るはずはない。原告が、被告に送金するのでなく、喫茶店等で羽生田に現金に預けたり、羽生田個人の口座に送金していたことからも、原告主張の取引が被告の取引でないことは明らかである。

3  羽生田が本件金員を詐取したものであるとすれば、右は、被告の事業の執行あるいは外形上事業の執行としてされたものであるか。原告は、羽生田の行為が職務を逸脱していることを知っていたか。

(被告の主張)

2で主張したとおり、原告が主張する取引は被告の取引としてあり得ないものであり、原告は右取引が被告との取引でなく、羽生田が職務を逸脱して行っていたものであることを知っていたというべきである。

4  被告が羽生田を雇用し続けて被告支店の投資相談課長に任じたのは、証券会社として、外務員に対し厳格な指導と監督をし、外務員として相応しい者を担当者として人選し、あるいは、継続的に職務を遂行させるべき注意義務に違反したか。

(原告の主張)

羽生田は、被告沼津支店在勤中から、本件と同様の架空取引の手口で顧客から株式等の代金を詐取し始めた。その後、昭和六一年に被告岡山支店で同様の行為を続け、同六三年に被告支店に転勤した時点で被害者はすでに三人になっていた。羽生田は、被告支店に転勤後もさらに同種の手口で犯行を重ね、原告主張の取引(1)の時点では、すでに七人の顧客が被害に遇っていた(最終的には二十数名に達する。)。

被告は、証券会社として、その顧客を担当すべき外務員(担当者)については、高額の金銭を日常的に取り扱う職務内容に照らし、その人格や性向、金銭感覚や生活態度に至るまで日頃から十分な注意を払い、かつ、その職務を自覚させるべく厳格な指導と監督をし、これを常時判定し、外務員として相応しい者を担当者として人選し、あるいは、継続的に職務を遂行させるべき注意義務を負うものである。ところが、被告は、遅くとも昭和六一年から右のような犯罪行為を繰り返していた羽生田の雇用を続け、しかも被告支店では投資相談課長という営業部門の責任者に任じ、その間羽生田が次々と同種の犯行を続けたのにもかかわらず、これを看過、あるいは放置し、その結果、原告は本件のような莫大な損害を被ったものであるから、被告には、原告に対する債務不履行責任ないし民法七〇九条に基づく直接の不法行為責任がある。

第三  当裁判所の判断

一  争点1について

《証拠略》によれば、原告は、原告あるいは原告代表者等の名義の預金から引き下ろし、時には手持ちの現金を足すなどして争点1について原告主張のとおり、羽生田に被告支店近くの喫茶店等で現金で手渡し、あるいは大和銀行新宿新都心支店の羽生田名義の口座に振り込んで本件金員を支払ったことが認められる。なお、《証拠略》によれば、右支払いのうち、一部((13)、(14))は妻平沼純江(以下「純江」という。)名義で送金したが、これは原告代表者が純江に送金を依頼したところ、本来は原告名義で送金すべきだったものを同女の名義で送ってしまったものであることが認められ、また、《証拠略》によれば、一部((2)、(3)、(5)、(6))は原告代表者名義の口座から引き下ろした金員を原資として送金したことがあるが、これについては原告代表者からの借入金として経理処理がされており、したがって、原告が送金したものとみることができることが認められる。

二  争点2について

1  《証拠略》によれば、原告代表者は、昭和五七年ころから、ユニバーサル証券、大和証券等で数百万円程度の規模の株取引をしていたが、昭和六三年七月ころ、被告渋谷支店、ついで同年八月ころから被告支店と取引を始め、翌九月からは原告としても取引をするようになったこと、ところが、平成元年六月初め、原告代表者は、担当の外務員榎本の無断売買により、一八〇〇万円程度の損害を被ったこと、原告代表者はこれを知って榎本の責任を追求し、同人は無断売買の事実を認めて損した分を埋めると言っていたが、損失の補填がされないうちに異動となったこと、同月二〇日ころ、榎本の後を受け継いで羽生田が原告の担当となったので、原告は、同人に右無断売買の事実を申し述べ、これに対し、羽生田は損失を取り戻すと言うので、原告は、ほぼ同人の勧誘に従って取引をし、平成元年ころには残高が一億円を超える程度の取引をするようになったが、右損失は回復されなかったこと、平成二年三月ころ、羽生田は、原告に対し、被告の系列子会社の証券会社の割当分がある、支店の枠がある、他人名義で入札をして株式が取れるからなどと言って、新規公開株で損失を取り戻そうと言ってきたこと、当時、被告支店では、支店長の下に営業課、投資相談課、総務課の三課があったが、営業課は課長を支店長が兼務しているのみで課員はおらず、投資相談課長の羽生田が被告支店のナンバーツーの地位にあり、新規公開株が被告支店に割り当てられたときに各課員の得意客に平等に割り当てられるように割当することなども任されていたこと、原告は、被告渋谷支店の外務員の無断売買で損害を被ったときに、同支店で、ワラントの売買を巧みに操作してその損害を補填してくれたことがあったことから、羽生田から、被告支店のナンバーツーの地位にあり、新規公開株の割当の権限も持っていることを聞かされ、また、支店長とも相談しているようなことも聞き、被告支店においても、羽生田が支店長と相談し、当時相当大口のお得意さんとなっていた原告の損失を補填するため、支店ぐるみで特別の便宜を図ってくれるものと思い、同月一二日ヤマザキの新規公開株一万株の株式の売却代金として二〇六〇万円を羽生田に手渡したこと、当時は新規公開株はほぼ例外なく値上がりしたため、これを買いたがる客が多く、原告もその一人であって、さらに、ケンタッキーフライドチキン(取引(5))、日栄(同(9))、新日本空調・両毛システムズ(同(10))、佐藤食品(同(12))、泉州電業(同(13)ないし(15))につき、同様に新規公開株を回すからという羽生田の話を信じて金を渡したこと、同年四月には、原告は、羽生田から、被告の虎の門支店が幹事支店なので安く平和の株を手に入れることができるから、時価との差額がもうかると言われて、平和の株の買受代金として同月に二回にわたって合計約九五〇〇万円を支払ったこと(取引(2)、(3))、また、同年九月には、原告は、被告の本店に顔が通じているから、安いワラントを分けてもらえるという羽生田の言を信じて、ワラントの購入代金として二〇〇〇万円を送金し(取引(6))、同年一〇月にも同様な話を信じて合計六二〇〇万円を送金した(取引(7)、(8))こと、ところが、いわゆる新規公開株は、一般競争入札か公募の場合の幹事証券会社に対する割当かでしか買うことができないものであって、当時非常に人気が高く、そう簡単に手に入るものではなく、普通は被告支店で一〇〇〇ないし三〇〇〇株位(一人ないし三名分)しか割当がなく、例えば、取引(12)の佐藤食品については、被告には公募の割当はなく、被告支店で落札できた者もいないというのが実際であったこと、また、羽生田が言ったように他人名義で買って回すようなことはできなかったこと、したがって、羽生田は、これら原告から送金を受けた金員で有価証券を買う意思は当初より全くなく、現実に売買の執行をしたこともなく、遊興費や競馬、あるいは原告と同様に新規公開株の売買代金等と騙して金を受け取った者から右株式の売却の執行を迫られてその代金名目の支払いに宛てたこと、原告に対する本件返還金も、株式の売却代金として送金されたが、現実には売買は行われておらず、ただ右の名目で送られたにすぎないこと、したがって、本件の取引については、被告所定の様式、用紙による「預り証」、「受領証」、「計算書(取引の明細)」等は一切交付されず、被告所定の様式、用紙による取引報告書も送付されず、代わりに羽生田は、被告支店投資相談課課長の肩書入りの名刺の裏に預かり証を書いて渡し、また、手書きの売買報告書や売買取引計算書を渡したこと、さらに、原告は平成元年一二月一三日に、原告代表者は同年七月二八日に、被告と月次報告書方式採用の覚書を取り交わし(原告については平成二年一二月二八日付で解約)、これに基づき、被告は、月一回以上取引報告書と別に月次報告書を送付したが、原告及び原告代表者に対する月次報告書にも本件の取引は記載されていないこと、羽生田は、同様に「新規公開株でもうけさせてやる」などと言って顧客二〇人以上から二十数億円を騙し取ったとして逮捕され、その刑事手続において容疑事実を認めていることがそれぞれ認められる。

2  右事実によると、羽生田は、被告の外務員として被告のために原告から委託を受けて本件の各取引をしたものではなく、本件の各取引の執行をする意思もないのにこれあるもののごとく装って本件金員を詐取したものであることが認められる。

三  争点3について

1  羽生田の前記行為は、外形上被告の事業の執行としてされたものであることが明らかである。

2  ところで、被用者の取引行為がその外形からみて使用者の事業の範囲内に属すると認められる場合でも、相手方が被用者の職務権限内において適法に行われたものではないことを知り、または重大な過失によって知らなかったときは、その相手方である被害者は、民法七一五条により使用者に対してその取引行為に基づく損害の賠償を請求することはできない(最高裁判所判決昭和四二年一一月二日・民集二一巻九号二二七八頁)。

本件の各取引については、被告所定の様式、用紙による預かり証、受領証や計算書は交付されず、預かり証は、羽生田の名刺の裏に書かれたこと、また本来取引後直ちに送付されるはずの被告所定の様式、用紙による取引報告書も送付されず、手書きの取引報告書が渡されたにすぎないこと、本件の取引については、月次報告書にも何らの記載はなかったこと、本件金員は、被告の口座に送金されず、羽生田に喫茶店で手渡され、あるいは羽生田個人の口座に振り込まれたこと、羽生田はしばしば新規公開株を「回す」ようなことを言ったが、本来他人名義で新規公開株を取得し得るものではなく、また、新規公開株の取得は当時非常に困難であったこと、新規公開株の申込みは通常一〇〇〇株までという制限があり、原告代表者もこれを知っていたが、本件の取引中にはこれを超えるものが幾つかあること等、通常の取引ではないことを疑わせるに足りる事実があることは前記認定のとおりであり、また、《証拠略》によれば、原告及び原告代表者は、本件取引の記載のない取引報告書や月次報告書に対して間違いない旨の回答書を出していることが認められる。

しかしながら、羽生田は当時被告支店のナンバーツーであった投資相談課長であり、被告支店に割り当てられた新規公開株の割当も任されるほどの地位にあった者であり、原告もこれを知っていたこと、したがって、原告は、羽生田から、特別の方法があるから、新規公開株を割り当ててやるとか、ワラントにつき特別に安くしてやろうと言われたときに、被告支店従業員の無断売買によって被った損害を填補するため、お得意さんである自分に支店として特別の便宜を図ってくれるものと考えたこと、新規公開株の取得制限についても、他人名義を集めてやる等という羽生田の言を信じたことはそれぞれ前記認定のとおりであり、原告代表者本人尋問の結果によれば、原告代表者は、これらのことから、本件各取引は裏取引として行われるものであり、したがって、預かり証等正規の書面の交付もなく取引報告書等にも載らないものと考えていたことが認められ、また、《証拠略》によれば、前記の手書きの計算書のうち少なくとも一通は被告の用いていた封筒に入って送られたこと、原告と羽生田は、本件の各取引についても勤務中に被告支店内の電話あるいは被告支店の自動車電話により連絡を取っていたことが認められる。さらに前記認定のとおり羽生田の同様な詐欺による被害者が二〇名以上に及んでいるのも、羽生田の虚言を信じるのも無理からぬところがあったことを示している。

これらの事実からすると、前段の各事実から、原告が本件の取引が羽生田の職務権限内で適法に行われたものでないことを知っていたと推認することはできず、また、右事実を知らなかったことにつき重大な過失があったということもできない。

3  しかし、2前段に掲げた事実及び前記認定の事実を総合すると、相当程度証券取引の経験のあった原告代表者としては、よく注意すれば本件の各取引は被告の正規の取引としては奇妙な点が多いことに気がついたはずであるのに、羽生田の虚言をたやすく信じて、これを看過して、大金を投じた過失があるから、公平上、過失相殺により、原告の被った損害(本件金員から本件返還金を控除した金額)の三割は原告に負担させるのが相当である。

四  争点4について

仮に原告主張のような責任があるとしても、前記認定の事実からすると、原告の被った損害につき三割の過失相殺をするのが相当であるから、結局第一次予備的請求で認容された部分を超える第二次予備的請求の部分は理由がないものというべきである。

五  結論

以上によれば、原告の主位的請求は失当であり、棄却すべきであるが、第一次予備的請求は、原告の被った損害一億三一八七万四五四三円に三割の過失相殺を施した九二三一万二一八〇円とこれに対する原告が最後に金を預託した日の翌日である平成三年七月二日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、認容すべきであり、その余の第一次予備的請求及び第二次予備的請求はいずれも理由がないから、失当として棄却すべきである。よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 滿田明彦)

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